安堵町の溢れた詩情あふれる文化財を訪れる人は少なくありません。 いったい何人の人達が通り過ぎていったであろう街道筋。町のあちらこちらに残された文化財や古い町並みがその情緒をより盛り上げ、過ぎ去りし日々を想う心が、いにしえ人のかすかな息遣いをそっと聞きとる・・・。
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観光される際に、ご利用下さい。 みるほどに安堵
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1 安堵町歴史民俗資料館 町の昔の姿を知りたいという人に平成5年に開館しました。
詳しくは資料館のページをご覧下さい。
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2 富本憲吉記念館 近代陶芸の巨匠である富本憲吉氏は、明治19年6月に現在の安堵町東安堵に生まれました。10歳で父と死別しましたが、母と祖母の手により愛情いっぱいに育てられ、非凡な才能が培われました。明治37年には家族の反対を背に東京美術学校に入学し、建築及び室内装飾を学び、その後、ロンドンに留学し、エジプト、ペルシャ、インドなどを巡り、各地で美術作品を手にとって感性を磨かれました。明治43年に帰国し、富本氏が日本で初めて試みた自刻木版画は国内で大反響を呼び、大正初頭の版画ブームを引き起こしました。このとき、イギリス人のリーチ氏と出会い、陶芸家としての道を歩み始めました。そして、大正4年には自宅の中に窯を作り、本格的な活動に入りました。 富本氏の作品には、風景や動植物をモチーフにしたものが多いのですが、これらのうちのほとんどは安堵周辺のものを材料にしたものです。富本憲吉記念館には郷土をこよなく愛した富本氏の数多くの 作品が展示されています。
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3 中氏邸 中氏は、南北朝時代の頃から在地武士として成長し、戦国時代には筒井氏の一族として活躍した土豪でありました。その中氏が居住・所有している住宅が、昭和43年に主屋・新座敷・表門が重要文化財に指定されたのを始め、その後、新蔵・米蔵・乾蔵・牛小屋・持仏堂などの建造物そして宅地・山林及び堀合わせて約11,429平方メートルが指定されました。中世から近世にかけての人々の暮しぶりを感じることでき、また、外堀などの景観も非常にすばらしいところです。
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